■ One For All、All For One / TOS なんか気持ちいいなあ……。 唇に柔らかいものを感じる……。 目を開けてみるとそこにはアルクェイドがいた。目を瞑り頬を赤く染めていた。もの凄く可 愛い……。それに気持ちいいはずだ。俺、アルクにキスされてる。 その事実に一気に意識が覚醒してしまう。 「ん——!」 「あっ、志貴おはよう」 アルクはにこっと笑顔を向けてくる。可愛いじゃないか。 ってそんなことを考えている場合じゃない! 「おっ、おまえ、なんで俺の部屋に居るんだよ! それに朝っぱからいきなり何するんだ よ!」 「なんでって、志貴の寝顔を見たいからに決まってるじゃない。それにさっきのは『おはよ うのキス』だよ」 アルクは無邪気な笑顔をする。今更ながらこの笑顔にドキマギする。 顔が火照ってくるのがわかる。こんな顔を見られたら何を言われるか……。 「ったく、こんな所翡翠に見られたらどうするんだよ!」 「いいじゃない別に、私は気にしないわよ」 「俺が気にするんだよ」 「もう、相変わらず我が侭なんだから。それより、志貴……」 アルクの目が猫のようにすっと細くなる。 やばい、こいつがこういう顔をするときはなんか企んでいるときだ! 「むふふふふ」 「アルク?」 これから起きることを回避しようとベットから起きあがろうとするけど、それは無駄な徒労 に終わってしまった。 アルクは俺の顔を固定すると、予想通りキスしてきた。さっきよりも濃厚で想いがより強く 伝わってくるような……。 「ううっ、むううう」 最初は抵抗したが、どんどん気持ちよくなって、どうでもよくなってきた。 しかし、こういう時は悪いことに悪いことは重なるものだ。 まるでマーフィーの法則のように……。 コンコン ドアがノックされる音が聞こえる。 いつものように翡翠が起こしに来てくれたのだろう。なんて、冷静に状況分析してる場合じ ゃないって。 しかし、この状態はヤバイ……いや本当に。 だが、アルクはキスに夢中になってノックの音が聞こえてないないみたいだ。 なんとか、アルクを引きはがそうとしたけど無駄だった……あう、舌が入って来た。 覚悟を決めなければ駄目だろう……もう少ししたら翡翠が入ってくる……。 「志貴様、お目覚めになられてますか?」 さっきからずっとキスが続いているから返事をすることは出来ない……地獄の蓋が見えそ うだ…………。 翡翠は返事がないことから、まだ俺は寝てると見たみたいだ。まぁ、いつもならまだ寝てる しなあ。 キィィ ドアが無情に開けられる。 横目でドアの方を見ると翡翠と目があった。翡翠はいつものように無表情に見えた……いや 見えただけだ。俺には判る。翡翠、めちゃくちゃ怒ってる。 翡翠は無言でベッドの近くまで来ると、アルクを突き飛ばした。もちろん、いつものように 無表情に……いや、ほんの少し目をつり上げ、怒りをあらわにして…………。 「志貴様、お目覚めですか?」 「起きてるよ……翡翠。たっ」 「ちょっと翡翠、なにするのよ!いきなり突き飛ばして痛いじゃないのよう」 「志貴さま、お着替えはお机の上に置いておきます。」 「ちょっと、翡翠、私を無視しないでよー」 「ありがとう、翡翠……」 「志貴まで、私を無視しないでよー」 いや、俺は無視はしてないんだけどな……。 「いいえ、当然の勤めです」 「こらー、私をむ……痛いって、やめてー、翡翠ー。耳引っ張らないで。本当に痛んだって ばー」 翡翠は無言でアルクの耳をつかむとドアの所まで引っ張っていった。痛そうだなぁ……。 うっ、アルクが目で『助けて〜し〜き〜』と訴えている。 お、俺には無理だ。俺には今の翡翠に立ち向かうことが出来ない……立ち向かったら、明日 の太陽は拝めないよう気がする。 「そうだ、忘れてました」 今、思い出したように翡翠が言うと、アルクの耳を掴んだまま、俺の元に来た。アルクは未 だに痛いと叫んでいる。 翡翠は頬をほんのり赤く染め、目を閉じた。 ちゅっ 電光石火の早業だった。 今度は翡翠にキスされてしまった……。アルクは「ずるいよー」って叫んでいる。 「志貴さま、おはようのキスです……」 さすがに翡翠も恥ずかしかったのか、顔を伏せるとやはりアルクの耳を掴んだまま「失礼し ました」と言って、退室してしまった。 「ふう〜。さて、着替えるか……」 なんていうか、いつもと変わらない朝である。ただ、時々この家に来たばかりの時を想いだ す……あの時は静かな朝だった……。 まぁ、現在の朝も楽しくていいんだが、問題は常に俺の命が危険にさらされてる事だけか… …。 着替えを終えて、今に行くといつもの光景だった。 優雅にお茶を飲む秋葉。それに習ってか?同じく優雅っぽくお茶を飲むシエル先輩とアルク。 ただ、シエル先輩とアルクは時々視線を合わせると殺気を飛ばしあっている……勘弁してく れよ。 「みんな、おはよう」 「兄さん、おはようございます」 「志貴君、おはようございます」 「志貴、おはよう……」 アルクが白々しく挨拶してくる。しかし、秋葉と先輩の挨拶には棘が感じられる……。 「兄さん、今日は早いんですね」 「ああ、ちょっとな珍しく目が覚めてな……」 どうせ、秋葉にはバレてるんだろうけどいつもの様に答える。ほんの少しジト目で見られた けど、いつもの事だから気にしない。それに、昨日は秋葉だったしな……まぁ、アルクみた く濃いキスはされなかったけどな……って話がズレてしまった。 「今日も一緒に朝食を食べれますね」 「……そ、そうだな」 俺が引きつった笑いを浮かべるとタイミング良く琥珀さんが食堂から出てきた。 「志貴さん、おはようございます。皆さま、朝食の準備が整いましたので食堂に来てくださ い」 「はい、わかりました」 「わかったわ、琥珀」 「朝ご飯楽しみです」 「ご・は・ん♪ ご・は・ん♪」 みんなでゾロゾロ食堂に向かう。 食堂に入ると食指を誘う匂いが鼻をくすぐる。 座席位置もいつものように俺の両側にアルクと先輩、対面に秋葉である。そして、今日もい つもの賑やかな朝食が始まる。 こんな朝が始まるようになってもう1ヶ月近く経つのか……いろんな事があったな。しかし、 秋葉が「未確認生物……いえ、アルクェイドさん、シエルさん、明日からこの屋敷で暮らし てもらいます」って言い出したときはびっくりした。あのときは何であんな事を言いだした のかわからなかったけど、一週間くらい経ったときかな琥珀さんが教えてくれた。秋葉は俺 がアルクや先輩にどこかに連れて行かれる(二人ともそんな事しないと思うんだけどな?) のを防ぐために、屋敷に住まわせ、身近に置いて監視する為だったそうだ。まあ、優柔不断 な俺が全部悪いんだけどな……。 「兄さん、どうしたんですか?神妙な顔つきをして?もしかして、体調でも悪いんですか?」 「体の方は大丈夫だよ。ただ、この一ヶ月間を思い出してな……」 「……いろいろな事がありますぎましたね」 秋葉もこの一ヶ月間を思い出したのか複雑な表情をしてしまった。 「おいしいです♪ 琥珀さん」 「しあわせ〜♪」 俺と秋葉がこの一ヶ月間を感慨深げに思い出しているのに、両サイドからはノーテンキな声 が聞こえてくるし……。秋葉のこめかみに青筋みたいなものが見えたけど、秋葉はなにも言 わなかった。どうやら我慢してくれたみたいだ。おかげで、今日の朝食は何事もなく済んだ ……本当に良かった。その後俺達は今でお茶を飲んで玄関で翡翠から鞄を受け取ると四人で 学校に向かった。 正門の所でアルクと別れ、昇降口の所で秋葉と先輩と別れ、教室に辿り着く頃にはへとへと になっていた。あの3人をケンカさせないように気を遣うのもかなりの重労働だよな……い いのか朝からこんなに精神的に疲労して? 机でだれていると有彦がやってきた。 「遠野、相変わらず今日も朝からだれているな」 「ほっといてくれ」 「まぁ、いい、9割方はお前の自業自得だからな」 「んなことはわかってるよ……ったく、そんなこと言いにわざわざ来たのか?」 図星を指摘されるとつい口調がきつくなってしまう……が、有彦は意味ありげな笑みをして しまう 「おっと本題を忘れるところだったぜ。今朝のニュースみたか?」 「有彦……、テレビもないのにニュースなんか判るわけないだろう? それに俺は新聞は読 まないんだぜ?」 「そうだったな」 「それで、その今朝のニュースってどんな内容だ?」 有彦がもたらしたニュースはとんでもないものだった。 「なんでも、また、吸血鬼が現れたらしいぜ」 「なっ!」 驚いて声も出ないとはこの事なのだろう。有彦はそんな俺に気づかづに話を続ける。 「なんでも、『町外れで体中の血を抜かれて死んでる人が見つかった』って言ってたぞ」 「そ、それは本当なのか!」 「ああ、本当だ」 まずいな、こんな事が秋葉や先輩に知れたら……。 「有彦、そのニュースって新聞にも載ってたか?」 「いや、今朝の新聞には載ってなかったぜ。発見されたの今朝の5時頃って言ってたからな」 「そうか……」 良かった。これで秋葉と先輩に知られる可能性は低いな。問題はアルクの方か……大人しく 屋敷に居てくれればいいんだけどな。 「そうだ、そのニュースの事は秋葉や先輩には言わないでくれないか?」 「ああ、別にかまわんが、なんでまた?」 「二人に変な心配かけたくないからに決まってるだろう」 半分本音の半分嘘だ。あの3人なら絶対に首を突っ込む。アルクはある意味大丈夫だけど(す まんアルク)、秋葉と先輩は一応生身の人間だからな……。 「そうだな、たしかにそうかもしれんな。了解した、お兄さん」 「だれがお兄さんだ!」 「照れるな、いつかそう呼んでやるから」 そう言うなり有彦はあっちの世界に突入してしまった。 「おいっ有彦……」 まったく反応しなくなってしまった。 ……ったく。 「遠野くん、乾くん、おはよう」 「あっ弓塚さん、おはよう」 「乾くん、どうしたの?」 「いつもの事だよ……」 「い、いつもの事?」 弓塚さんは不思議な生き物を見る目で有彦を見ている。まぁ、当然か。 「そう、いつもの事。今、有彦は今夢の住人になってるだけだから……」 「……そうなんだ」 キーンコーンカーン 学校全体に授業開始のチャイムが鳴り響くが有彦は未だに夢の住人のままだった。 「チャイムが鳴ったね。席に着いた方がいいよ」 「そうなんだけど、乾くんこのままで大丈夫?」 「今、起こすよ……」 ゴン 問答無用で有彦の頭を殴ってやる。弓塚さんが痛そうな顔をするが気にしてられない。 「痛——。何しやがる遠野!」 「チャイム鳴ったぞ。自分の席に戻れ」 「何!嘘を……」 ガラッ 有彦が何か言おうとしたとき1時間目の教師が教室に入ってきた。 「こら乾、席につかんか」 「へ〜い。了解です」 有彦が自分の席に戻ると授業が開始されたが、授業の内容は頭に入ってこなかった。 俺の思考を支配していたのは有彦から聞いた新たなる吸血鬼の事だった。 結局放課後になるまで、新たなる吸血鬼の事が頭から離れなかった。いや、何度も振り払お うとしたけど無理だったのが本当の所だ……相変わらず損な性分だよな。 昼休みに先輩や秋葉にそれとなく有彦に聞いた今朝の事件の事を聞いてみたが二人とも知 らないみたいだった。 その後考えたのが、これからどうするかだった。そんなものいくら考えても出る答えは決ま っている。 結論は 『俺が吸血鬼退治をするしかないだろう』 だった。 本当ならアルクに協力を求めるのが(本音言うと全部アルクに押しつけたい……)筋だろう が、そうなると先輩や秋葉、それに翡翠に琥珀さんまでついて来そうだからな……無理か。 なんとかなりそうな気がするな、それに七夜の血がなんとかしてくれるような気がするし… …相変わらず行き当たりばったりだな、俺って。 死なない程度に頑張るか……無理だろうけど。絶対に…………ふぅ。 いつものようにみんなで夕食をとって、いつものごとく居間で談笑する。もちろん全員で。 それはこの1ヶ月間変わらなかったもので、俺が一番好きな時間……みんな笑顔でとても幸 せそうに見えるから……。 でも、今日だけは違う。 俺は夕食をとるとすぐに部屋に戻った。もちろん今晩に備えるために。それと吸血鬼の事が みんなに知られないために。 机の引き出しからあのナイフを取り出す。 『七夜』と書かれたナイフ。 唯一、俺—遠野志貴と七夜を結ぶもの。そして、1ヶ月前の多くの出来事を思い出す。本当 にいろんな事があった……本当に。 何度死にかけた事か……それも今となっては良い思い出になりつつある。 そんな風に物思いに耽ってるときだった。ドアをノックされたのは コンコン 「志貴さま、よろしいでしょうか?」 慌ててナイフをポケットにつっこみベッドに潜り込む。みんなには調子が悪いと嘘をついて 部屋に戻ってきたからには横になってないと駄目だろう。 数回深呼吸をして、動機を抑えつつドアの向こうにいる翡翠に「どうぞ」と言って部屋に入 れる。 「調子はどうでしょうか?」 「ん、少しは良くなったよ……」 「姉さんが薬を処方してくれましたがどうしますか?」 「大丈夫。薬を飲むほどじゃないよ。心配かけてごめん」 罪悪感いっぱいの心で「嘘をついてごめん」と付け加えながら謝った。 翡翠はなにも言わなかった。 コチ、コチ、コチ 時計が時間を刻む音だけが部屋に響く。 翡翠は黙って俺の顔を見ている。 俺にはこの沈黙が痛かった。 翡翠が意を決したような表情をすると口を開いた。 「志貴さま、何をなさりたいのかは私にはわかりませんが無茶はしないでください」 内容に心臓の動機が早くなる。 やはり、翡翠にはバレていた。しかし、目的まではどうやらバレていないようだ。 「出来るだけお早くお戻りください。この事は皆さまには内緒にしておきますので」 「翡翠、ありがとう。恩に着る」 翡翠は頬を赤くほんのり染めつつ「いえ、志貴さま付きの使用人として当然のことです」と 答えた。 「翡翠、少し早いけどもう出かけるよ。他のみんなは何処にいるの?」 「皆さま、居間でお茶を飲んでいます」 「そう……たぶん、いつも通りでしょ?」 「……はい」 「……」 「……」 「行ってくるわ……」 「……はい」 翡翠と一緒に勝手口に向かう。 その途中で居間の近くを通ると、3人の声が聞こえてきた。予想通り、和やかな話し声では なかった 「なんであなたはそうなのですか!」 「いいじゃない、別に。それに志貴だって嫌がってないよ、逆に喜んでると思うけど? 本 当は妹だってしてあげたいくせに」 「なっ!」 「やはりあなたは封印した方がよさそうですね。その方が世のため、志貴君のためです」 「にゃんだと〜、シエル」 これ以上聞くのは危険だな……ある意味。 「志貴さま、どうかご無理をなさらないように」 翡翠は本当に心配した顔をしている。 本当なら翡翠のこんな顔は見たくないけど今日だけは仕方ないよな……。 「心配ありがとう。行ってくるよ」 出来る限り早足で屋敷から出る。まぁ、3人があの状態じゃバレないと思うけど……。 繁華街につくと眼鏡を外し、行き交う人々を見るが、吸血鬼もしくは血を吸われた人を見つ ける事は出来なかった。たぶん、来る時間が早かったのだろう。 ズキッ 長時間眼鏡を外していた影響か、頭痛がしてきた。 眼鏡をかけ、買っておいた缶コーヒーを一口飲み一息ついた。 「見つけだすのは無理か……」 つい独り言を言ってしまう。 「なにが無理なの?」 「えっ!」 後の方から声をかけられ、後を見てみるとそこに居たのは弓塚さんだった。 「ゆ、弓塚さん……ど、どうして?」 「私は買い物の帰りだよ? たまたま遠野君を見かけてね。」 そう言うと両手に持っている紙袋を俺に見せてくれる。 「そうなんだ」 「それより遠野君はこんな時間に何してるの?」 「俺はちょっと捜し物をしていてね」 「ふうん、それで捜し物は見つかったの?」 「いや、まだなんだ。結構時間がかかりそうだよ」 「私じゃ手伝えないかな?」 弓塚さんの思いがけない一言に口に含んでいたコ−ヒ−を吹きそうになるがなんとか我慢 して飲み干す。 「き、気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ。それよりも弓塚さん、そろそろ帰らなくて良いの?  そろそろ9時になるよ」 「あっ、本当だ。こりゃ、お父さんに怒られるな……それじゃ、私帰るね。遠野君は捜し物 頑張ってね」 「あっ、待って弓塚さん!」 「何?」 「女の子の一人歩きは危険だよ。家まで送るよ」 「本当に? 助かる遠野君。でも、捜し物はいいの?」 弓塚さんはもの凄く嬉しそうな顔をする。やっぱり夜に女の子一人で帰るのは怖いかもしれ ないからな。 「大丈夫、俺もそろそろ帰ろうと思っていたところだったから」 もちろん嘘だ。でも、さすがに女の子をこんな時間に一人で帰すのは気が引けるから。 「それじゃ、お願いするね。遠野君」 「まかせて」 俺は弓塚さんを家まで送ると、繁華街に足を向けた。まだ、時間的には少しだけ早いけどそ ろそろやつらも出てきてもおかしくない時間になってきた。 しかし、久しぶりにあの5人以外の女の子と話したなぁ。 もの凄く新鮮な感じがしたぞ。 もう一度眼鏡を外して辺りを見ようとしたときだった。足下に黒猫が近づいてきて俺の足に 頬ずりを始めてしまった。 「にゃ〜♪ にゃ〜♪」 「あらら、出鼻を挫かれてしまったな。お前何処の子だ?って首輪をしてないからノラかな?」 黒猫を持ち上げて膝の上にのせる。黒猫は思ったよりも軽かった。それに毛並みもノラとは 思えないほど良くてつい頭を撫でてしまうと黒猫は気持ちよさそうな「うにゃ〜♪」って声 で鳴いた。 「お前撫でてると気持ちいいな」 黒猫は当然と言ったように「にゃ〜」と鳴く。 黒猫はしばらくの間、俺の手にじゃれていたが今度は俺の指を舐め始めた。 「お前、もしかしてお腹が空いてるのか?」 「……にゃ〜♪」 なんだ今の間は? やけに人間ぽかったような気がしたぞ。まっ、いいか。 「そうだなぁ、俺も小腹が空いてきたし……」 夕食は思ったよりも食べなかったしな、それに『腹が減っては戦は出来ぬ』って言うしな。 「おまえ、ここに居ろよ。なんか買ってきてやるよ」 「にゃ〜♪」 嬉しそうに鳴くと俺の横に飛び降り行儀良く座った。俺は小走りで近くのコンビニ向かい、 なけなしの金で菓子パン一個とソーセージ一本、それに牛乳を買った。 また、小走りで黒猫のもとに戻った。 「にゃ〜、にゃ〜、にゃ〜」 「こら焦るな」 ソーセージのビニールを外してやりコンビニで貰ったおでんの蓋の上に一口大の大きさに 分けながら載せてやり、もう一個貰った蓋に牛乳を1/3ほど注ぐ、それらの作業を終えるま で黒猫は行儀良く待っていた。 「ありがたく食べろよ。なけなしの金で買ったんだからな」 「にゃ〜♪」 了解と言ったふうに鳴く。本当にわかってるのやら……。 俺も買ってきた菓子パンを食べ始める。 「いい加減、金もなくなってきたなぁ。バイトしたいなぁ」 「にゃ〜……」 思わず独り言を呟いてしまう。独り言を聞いていたのか? 悲しい鳴き声をすると黒猫はソ ーセージを食べるのをやめてしまい、俺の顔を見上げている。 「ばか、おまえは気にしなくていいだよ。別におまえのせいでお金がなくなったんじゃない よ。気にしないで食べな」 「にゃ〜」 嬉しそうな鳴き声をあげると残っていたソーセージを食べ始めた。 ったく、猫のくせにして気を使いやがって……しかし、やけに人間っぽい猫だなぁなどと思 いながらパンを食べ終え牛乳を飲んでいるときだった。それが聞こえてきたのは きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 女の子の悲鳴だ。 体は勝手に動いていた。悲鳴がした方向に。 ポケットからナイフを取り出す。しかし、まだ刃は出さない。 いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 もう一度悲鳴が聞こえる。 眼鏡を外す。あたりに線が見える。 曲がり角を曲がるとそいつ—吸血鬼らしきものは居た。 女の子が一人捕まって居る。しかも、今にも血を吸われそうだ。 足下にある小石を拾うと奴の頭の線めがけて投げつけ、それと同時に間合いを詰める。 小石は奴の頭に直撃しなかった。奴は片手で投げつけた石を防ぐがそこに隙が生まれた。 全体重をかけて奴にぶちかましをかける。奴もまさか俺がぶちかましをかけるとは思わなか ったのか、派手に吹っ飛んでくれた。 女の子を庇うように奴との間に入る。 「大丈夫?」 「はい、なんとか大丈夫です。ありがとうご……ってその声は志貴さん?」 「えっ……晶…ちゃんかい?」 後を向いて見るとそこにいたのは秋葉の後輩である瀬尾晶ちゃんだった。 なんでこんな時間に、こんな所にいるんだ? でも、今はそんな事を聞いている暇はないな。奴は体制を立て直してようだし。 「晶ちゃん、隙を見つけて逃げるんだ」 「えっ! でもそれじゃ志貴さんは?」 「俺はこいつをどうにかしないといけないから……」 ナイフの刃を出して構える。奴はとっくに体制を立て直し、俺にあふれんばかりの殺気をぶ つけてる。 「貴様、人間の分際でよくも私の高貴な食事を邪魔してくれたな」 「お前のようだな、昨日の事件の犯人は」 「それがどうした。貴様も昨日の女同様、私に血を吸われる運命だ」 どうやらおしゃべり好きな吸血鬼のようだな 「愚かな奴だな貴様は、そこの女を助けようなんて気さえ起こさなければ生きれただろうに ……」 「それはどうかな? そんなことやってみければわからないだろう?」 「馬鹿な奴だ。貴様ら人間と我らとでは肉体性能が圧倒的に差があるのかわからないのか?  本当に人間は愚かだな」 もう、おしゃべりにつき合ってる義理はない。 肉体の性能差だって? そんなものは百も承知だ!だが、戦い次第ではその差を限りなくゼ ロに縮める事が出来る。 そう七夜志貴が教えてくれる。そして、されに俺に語りかけてくる、奴を倒すためには接近 戦しかないと! 一度でも遠中距離では間違いなく俺は嬲り殺される。 俺は奴との間を詰める。 奴は俺を向かい打つ気のようだ。そのほうが都合がいい。 初撃を回避すれば俺の勝ちだ! 奴との距離は1メートル強。この間合いは奴の間合いだ! あと50�縮めれば俺の間合 い! 奴はしょせんは人間と俺を舐めているのか? 大振りな攻撃を仕掛けてきた。 隙だらけだ! しかし、さすが吸血鬼って所だろう。信じられないスピードだ。 奴の攻撃を紙一重でかわす。左肩に痛みを感じるが気にしてられない。 あとは奴の点を寸断してやるだけだったが左手が俺に襲いかかる。 点を寸断するのを諦め奴の左腕の線を切断してやる。 ザシュ 「なっ!」 奴は信じられないものを見たって表情をしている。 あとは点を! 急に嫌な気配がした。右の方から。それと同時に晶ちゃんの声が聞こえた。 「志貴さん、あぶない!」 とっさに後に飛び退く。 だが、無事ではすまなかった。 左足に激痛が走る。回避しきれなかったか……。 「くっ!」 奴はとっくに体制を整え第二撃を繰り出そうとしている。 くっ! 左足は辛うじて動くくらいだな。あと一回踏み込むのが限界だな。 今度も紙一重でかわす。胸に激痛が走る。 だが、今度は殺った。 「志貴さん、後から!」 しかし、また嫌な気配がする今度は背後から! 俺は逃げられない! 足が…… ザシュ 「ぐあ」 背中に焼かれた鉄を押しつけられるような激痛が走る。 足腰に力が入らない。膝が崩れる。 だが、俺が地面とキスすることはなかった。 奴の強烈の蹴りによって吹っ飛ばされる。このままでは壁に激突だな。今の状態じゃまとも な受け身は取れない……ちっ、結局死ぬのか……晶ちゃん助ける事が出来なくてごめん。 しかし、俺は壁に激突する事はなかった。 背中にもの凄く柔らかいものを感じる。誰かに抱きしめられてるのか? 「えっ……?」 「大丈夫? 志貴」 顔を動かして後を見てみる。俺を抱きしめていたのはアルクだった。 「ア、 アルクなのか?」 「ビックリした?」 「ああ」 きっともの凄く情けない声を出しているな俺。 「アルクェイドだけじゃないですよ。志貴君」 「えっ!」 声のした方に顔を向けてみるとそこに居たのは先輩だった。もちろん服装はいつもの奴では なく例の黒衣だ。 「まったく、兄さんは無茶をしますね」 「志貴さま……」 「志貴さん、大丈夫ですか?」 路地の影から秋葉、翡翠、琥珀の3人だった。つまり全員集合……結局バレバレ? 「どうして、みんながここに?」 「それは後で説明しますわ。それより……」 秋葉の表情が変わる、それに伴って髪が黒から赤に変わる。 「よくも私の兄さんをいたぶってくれましたね」 「こら、妹どさくさに紛れてなに言ってるのよ! 志貴は私んだよ」 「い〜え、兄さんは私のです!」 アルクと秋葉が殺気を飛ばし合っている。おいおい。 「二人ともそんな事を言い合ってる場合ではないでしょう」 「そうね、シエルの言うとおりね」 「そうですわね」 「くっ! 人間風情が! 舐めるな」 奴が強がりを言った瞬間だった。やつの背後にアルクが出現した。 「思いっきり舐めてるわよ。貴方みたいな弱い吸血鬼って初めて見たから」 「なっ! いつの間に」 奴がアルクから飛び退こうとした瞬間だった。秋葉が奴の足に髪をからみつかせて地面とキ スさせる。 「さて、どのようにいたぶってあげましょうか?」 秋葉……めちゃくちゃ怖いぞ。 「志貴君、すぐに治療したんですけど、まずは目の前の吸血鬼を滅殺してからにしますね。 もうすこし我慢してくださいね」 「滅殺って……」 先輩はにこやかに笑うと奴の方に歩いていった。 そして、先輩がアルクと秋葉に合流すると吸血鬼にストッピングを開始した……3人同時に。 ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシ 「あうあうあうあうあうあうあう」 すさまじい光景だな……ある意味。 哀れなり吸血鬼。 「志貴さま、大丈夫ですか?」 「翡翠……大丈夫だよ。そういえば晶ちゃんは?」 「晶さまなら姉さんが看てます」 翡翠にそう言われて琥珀さんの方を見てみると晶ちゃんは琥珀さんに膝枕をされていた。ち ょっとうらやましいかも……ちがうって。 翡翠に肩を借りて琥珀さんの元に歩いていくと琥珀さんが笑顔を向けてくれた。 「志貴さん、大丈夫ですか? 念の為に応急処置しますね」 そう言うなり琥珀さんは晶ちゃんの頭のしたになにか布の様なものを丁寧に畳んで枕のよ うに置き、立ち上がって俺の左足の治療を始めてしまった。 「琥珀さん、晶ちゃんどうしたの?」 「えっと……ちょっとクロロフィルムを嗅がせてみました。テヘ」 マジですか……なんていうか相変わらずぶっ飛んでるぞ、琥珀さん。 「こ、琥珀さん……」 「私は最前の方法をとったと思いますけど?」 「へ?」 「志貴さんは、晶さんにあれをお見せしても良かったのですか?」 琥珀さんが目線で3人がかりでいじめられている吸血鬼の方を指す。 「たしかに見せられないよなぁ」 「そうでしょう?」 「はい、今回は琥珀さんが正しいです」 「ちょっと引っかりますけど、わかれば良いんですよ。志貴さん上着脱いでください」 「あっ、はいわかりました……それにしてもあいつら嬉々としていじめてるな」 「ストレス堪ってますから、誰かさんのせいで」 「うっ」 相変わらず痛い所をつくな、琥珀さん。 思わず翡翠の方を見てみると翡翠も目で「私と姉さんもストレス溜めてるんですよ」と語っ ていた。 二人の視線がいたひ……。思わず3人の方に視線を向ける。 相変わらず吸血鬼はストッピングを受けている。 「さて、そろそろとどめを刺してあげましょうか?」 秋葉がそう言った瞬間だった。3人の周りの空気みたいなものが流動的に変化するのが見え た。 「みんな危ない!」 3人が一斉に吸血鬼から飛び退く。秋葉の髪の一房がばっさと切断される。 3人から解放されたボロボロの吸血鬼が他には目もくれずに俺の方に向かってきた。 「志貴!」 「志貴君!」 「兄さん!」 俺は無意識のうちに間合いを詰めていた。 「うがあ」 奴はすでに錯乱している。 残った右腕を出鱈目に振り回しているだけだ。 俺は一気に間合いを詰め、奴の点を寸断した。 今度こそ終わったっと気を抜いた瞬間、奴が出鱈目に振り回した腕に横殴りにされ、壁にた たきつけられた。 「志貴さま!」 「すぐに応急処置します」 視界に赤いものが混じり始める。 意識も少しづつ薄れてきた。 思わず視線をあげると屋根の上に誰か居る! もう一人居たのか! でもどんどん意識が遠のいていく 「ア、 アルク、う、上に……」 「わかってるわ、志貴」 アルクの瞳が金色に光る。 逃げようとしていた奴がアルクの力によって引きずり出され地面にたたきつけられた。 「ぐあ」 奴はなんとか体制を整えるとアルクに襲いかかろうとするがそれは叶わなかった。 秋葉の『略奪』の能力によって地面と足を凍結されたからだ。 「なっ! がっ!」 そして、次の瞬間、数本の黒鍵が奴の体に突き刺さり、炎をあげる。 「ごめんなさいね。本当ならもう少し相手をしてあげるのが礼ってものなんだろうけど、志 貴の方が心配だから……さようなら」 アルクが炎に包まれている吸血鬼に向かい手を払うように動かすと、吸血鬼は一瞬にして消 滅した。まるでそこに何もないかのように。 その光景を見、俺の意識は暗闇のそこに落ちていった。 目を覚ますとそこは自分の部屋だった。 体を起こし、時間を確認しようとしたとき、周りのとんでもない状況に気がついた。 全員この部屋に居る。なぜか寝ている。アルク、先輩、琥珀さんは椅子に座りながら、秋葉 と翡翠はベッドに体を預けながら。 ふと、意識を失う前の事を思い出す。 「そっか、終わったのか……」 独り言を呟いてしってから慌てて口を押さえる。 どうやら、今の独り言では、誰も起きなかったみたいだ、翡翠か琥珀さんなら起きるかもし れないなと思っていたんだが。 そういえば、俺ってかなりのケガをしてたはずだよな? でも、俺の体には傷痕一つも見あたらない……先輩の力か。 コチ、コチ、コチ な、何もすることがない……寝ようにもなんか目が覚めてしまったみたいで寝れないし。 寝顔を眺めようにもみんな可愛くて変な気が起きそうだし……。 散歩でもするかな。 よし、そうと決まれば行動あるのみ。 みんなを起こさないようにするのは気を使う……。 外に出てみると今日は満月だった。 もの凄く綺麗だ。 なんでかな? 月を見ていると昔を思い出すな。視線を落としてみるとそこは見慣れた懐かしい場所だった。 「すべてはここから始まったんだな……」 そう、ここから全てが。 ここで俺が一度死ななければ今はなかった。 いや、そうでもないか。 案外全ての事はロアが死徒になった事から始まるんだろうな。きっと……。 「すべての事柄は偶然のみによって成り立っているが、起きてしまった偶然は必然である… …か、うまいこと言ってるよな」 なんかほんの少し可笑しくなったな。 今日は俺、変だな。 「志貴、お月見してるの?」 後から懐かしい声が聞こえてきた。そう、たった数時間声を聞いてなかっただけなのに。 俺は振り向かずに月を眺めながら答えた。 「そんなとこだ。ところでお前、寝てたんじゃなかったのか?」 「うん寝てたよ、さっき起きたんだけどね」 アルクが俺の横に立ち、俺に習ってか? 月を見あげる。 「そうか……」 たぶん、俺が部屋を出るのに気がついていたんだろうな……。 俺達はなにも語らなかった。ただ、黙って月を見上げていた。 辺りには虫の鳴き声しか聞こえなかった。俺に聞こえる音はそれだけだった。 でも、それが逆に心地よかった。 いつの間にか横に視線を感じる。 「アルク、俺の顔になんかついてるのか?」 「なにもついてないよ。ただ、志貴の事が『好きだなぁ』って思っただけ」 「なっ!」 ったく、油断も隙もない。顔が火照ってくるのがわかる。 俺、きっと今顔赤いぞ。 アルクはそんな俺を見てクスッと笑うと、月を見上げた。 「ねぇ、志貴」 「なんだ」 「聞かないんだね」 「何を?」 何の事を聞いているんだ?さっぱり検討もつかないぞ? 「ん? あいつらの事とか、どうして私達に志貴の行動が筒抜けだった事とか……」 「ああ! 奴等のことか……忘れてた」 本当に頭から抜けてたな。月があまりにも綺麗で、アルクとの今の雰囲気がもの凄く心地よ くて。 「……あはは、志貴らしいや」 「なんか、馬鹿にされてるような気がするぞ」 「え〜、馬鹿になんかしてないよ」 ん〜、本当に馬鹿にされてるように聞こえるんだけど……まっ、いっか。 「まぁ、いいや。聞いたからには聞きたくなるのが人情ってもんだ。なんで、吸血鬼のこと を知ってたんだ?」 「私に関しては昼間街をぶらぶらしていたときに奴等のニオイを感じただけ、妹とシエルは クラスの人から聞いたみたいよ。琥珀はTVじゃないの? 知らなかったのは翡翠だけじゃ ないのかな?」 「そっか、それじゃ俺が馬鹿やってただけなんだな……」 「そうなっちゃうかな? ごめんね」 「いいよ、別に。いまさらだしな」 「うん、それでね当初の予定では私1人でなんとかしようと思ったんだけど、学校帰りに志 貴の様子がおかしかったから、志貴も知ってるんだなってわかったの。それで手伝って貰お うと思ったんだけど……」 「秋葉と先輩が邪魔に入ったってか?」 「うん」 「俺が屋敷から出ようとしたときにケンカしてたのはそれか?」 「……うん」 「は〜……」 「う〜、なに今のため息は!」 さらりとアルクの文句を交わしつつ、質問する。 「それで、なんで俺の行動が筒抜けだったんだ?」 「それは簡単だよ。レン、おいで」 「レン?」 「にゃ〜♪」 後から猫の鳴き声が聞こえる。 後を見てみると、そこには黒猫が居た。 黒猫はアルクの元まで歩いていくと、アルクが猫を抱き上げる。 「もしかして……」 「志貴の予想通りだと思うよ」 「そっか……その猫がアルクの使い魔だったのか」 なにも言うまい。 「レン、元の姿を志貴に見せてあげて」 ポンとちいさな爆発音がすると黒猫は10歳くらいの物静かそうな可愛らしい女の子にな った。大きなリボンが愛らしい。 女の子—レンはアルクとは違いほんのちょっと無表情な感じがしたが、ほんのり頬を赤く染 め、上目使いで俺を見ている姿は保護欲をかき立てられる。 「志貴さま、この姿でお目にかかれて光栄です」 「こちらこそ」 「はい。あ、あの、先程は、……その……」 「どうしたの?」 「レンはね、志貴と一緒に食事が出来て嬉しかったんだって、それでそのお礼が言いたいの よね?」 「はい、アルクェイド様ありがとうございます。志貴さま、その……、とても美味しかった です……」 レンは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。 俺はどういう本能をしていいかわからないぞ。アルクに救いを求めてもニコニコ笑ってるだ けで助けてくれないし……もし、これが予想通りの反応なら、もの凄く久しぶりでかなりく るんだけど。 でもレンって夢魔じゃなかったけ?なんでこんなに純なんだ? 「志貴」 アルクの呼びかけられ現実に引き戻された。心なしかアルクの声に棘があるように感じたの は気のせいか? 「なんだ?」 「私も志貴に聞きたい事があるんだけど」 「何を聞きたいんだ?」 「どうして、1人で解決しようとしたの?」 「それは……なんとなくだ」 「……」 アルクは俺を黙って見ている。 誤魔化しは無理か……。 「本当はアルクに手伝って貰うか、押しつけようとした」 「……」 「でも、アルクに全てを押しつけて俺だけがのうのうとすることは出来なかった。俺の性格 的にはな」 「どうして、協力を求めなかったの?」 「お前に協力を求めるってことは秋葉や先輩、翡翠に琥珀まで巻き込む事だって思ったん だ」 「それって、私以外が人間だから? もし、私だけだったら協力を求めたの?」 アルクの目が潤んでいる……。 「それはわからない。ただ、最終的な結論は誰も危険な目に遭わせたくなかったって事だけ。 それに……」 「それに? なによ」 「アルク、お前は確かに俺の中の事実とし吸血鬼として認識してる。でも、それ以上に女の 子として認識してるつもりだ。俺にとっては大切な存在だよ」 アルクの瞳から涙がこぼれ落ちる。 その様子にドギマギしてしまう。より、アルクを守ってあげたいと思ってしまう。 「ありがとう……」 涙を流しながら、ニコっと笑ってくれた。それがとても印象的で心に焼きつく。 しかし、すぐにアルクの表情が崩れる。 「妹やシエル、翡翠に琥珀も大切なんでしょう?」 「ああ、お前と同じくらい大切に思ってる……」 「そう……」 今、アルクに言った事は紛れもない俺の本音。言ってしまったからこそ気づいてしまう。自 分の情けなさに 「俺って最低だな」 「えっ!」 「5人の女の子に思われながらも誰1人絞ることなくズルズルと今の関係が続いている。み んなと一緒に居るとあまりにも居心地よくて……幸せで……」 「志貴……いいよ。言いたい事はわかるから」 「情けないな」 「そんなことないよ。私は志貴のそういう所を含めて好きになったんだよ。きっとみんなも そうだよ」 アルクが俺の胸に飛び込んでくる。 思わず抱きしめてしまう。 細い体だと思う。あの吸血鬼を一瞬で消し去ってしまったのが信じられないくらい細い体だ。 「ありがとう。アルク」 「でもね、志貴。今だけは私を見てほしい」 アルクは目を瞑った。おれはそれがそも当然の様に唇を近づけていく。 「兄さん、それは駄目です」 秋葉の叫び声と同時に首に何かが絡みつく。 赤い髪! 恐る恐る声のした方向を見てみるとそこには秋葉が居た。髪を燃えるような赤にして。それ だけではない、先輩も翡翠も琥珀さんも居る……もしかして修羅場ですか? 「兄さん、そこから先は絶対駄目です」 「なにするのよ妹!」 「のーたりんあーぱー吸血鬼はやっぱり封印しないと駄目ですねぇ」 そして、いつもの光景になった……。 「いつも通りですね。志貴さん」 いつのまにか左に琥珀さんが立っていた……。 「は……ひ……」 いつ来たのか翡翠も俺の右に立っていた。翡翠は顔を真っ赤にして「志貴さま……そ、その、 好きです」と言うともの凄いスピードでどこかに行ってしまった。 「翡翠?」 …… 現実を見つめるために3人の方を見てみるとケンカはまだ続いていた。いや、もっと激しく なってる。 俺がまた止めなきゃ駄目なの? なんか、さっきの本当に俺の本音なのか? 疑問に思えて きたよ。 あいつらを止めるのはいいんだけど、その前に急にある疑問が浮かんでしまった。 気になって仕方がないな。 「そうだ、琥珀さん」 「なんですか?」 「晶ちゃんはどうしてあんな所にいたんだ? しかも、あんな時間に」 「なんでも、未来視をしたそうです」 その一言で全てを納得してしまった。 「そう……それじゃ、ケンカを止めに行ってくるね」 「ご武運を……」 おれって本当に幸せなのか〜〜〜。 誰か教えてくれ〜〜〜〜〜 「それは志貴さん、貴方が決める事ですよ」 /END